先日JR品川駅のデジタルサイネージに掲出された広告が、いわゆる炎上によってわずか1日で掲出が中止になった。今回はこれについて考察をしておきたい。

炎上したのはこのデジタルサイネージ広告主の社長が、Twitterに投稿した下のツイートである。

サイネージが炎上したというよりは、このツイートが炎上したというのが正確な言い方のようだ。ご存じない方もいるかも知れないので、このデジタルサイネージの設置環境を説明しておく。場所はJR東日本の品川駅。高輪口と港南口を繋いでいる自由通路の左右両側の裏表に70インチのディスプレイが44面設置されている。この通路はどちら方向も非常に人流が多く、特に朝の時間は港南口側のオフィス集積に通勤する人々が、帰宅時はその逆方向に人の流れが集中する。また一日を通じていわゆるサラリーマン層が圧倒的に多く通行する場所である。この通路は「公道」扱いのために、元々通路の両サイドには広告を始めとする掲出物がなく、ディスプレイに表示される映像は非常に目立つ。なお、このデジタルサイネージは然るべき手続き(議会承認まで得ている)を経て設置をされているものだ。また設置位置もかなり高くて若干カーブをしているために、通行人からは一番奥のディスプレイまで見渡すことができる。つまり極めて強制視認性が高い媒体ということになる。なお、ここを通過するためにはおよそ90秒必要である。

このサイネージの媒体社であるJEKIのメディアガイドから。

こうしたロケーションにおいて、週明けの月曜の朝に通勤しようとしたサラリーマン層に向けて、いきなり「今日の仕事は楽しみですか。」というメッセージが白地に黒明朝体で表示されると不快である、ということだ。情報はないが、帰宅時間帯にはひょっとすると「今日の仕事は楽しかったですか。」というメッセージだったのかもしれない。

さて、ここで重要な事実を明らかにしておく。前述のツイートの写真は、コピーだけが切り取られているが、実際にはこの広告素材は15秒の動画なのである。それは下の動画で確認することができる。

このコピーだけが表示されるのではなく、15秒の動画で、かつ他の複数ある広告素材の一つである。また15秒の中身も別のメッセージがあるのがわかる。別のメッセージと言うか文脈全体は時間も短く、文字も小さいので、歩きながらではメッセージの全体像は把握できない可能性があり、不快には感じない、気が付かない人もいたのではないかと思われる。

やはりこの会社の社長がのツイートが独り歩きして炎上した、と見ていいのだろう。このツイートが炎上狙いであったのかはなんとも判断できないが、その後の対応その他を見る感じでは、そうではないような印象を受ける。

デジタルサイネージは時間と場所を特定できるメディアなので、その時その場所にいない人にしか基本的には届かない。そこで最初からSNSでの拡散狙いで行うデジタルサイネージ広告も少なくない。そういう場合は効果の評価軸として「10万RT達成!」のようなことを関係者間で共有していることも多い。今回はそれが見事に逆効果となったわけだ。

炎上狙いではない、とした場合に、この広告のコミュニケーションのコンテキストを考えてみよう。

「今日の仕事は楽しみですか。」→「楽しみなんかじゃねーよ」→「ですよねー。そこで当社のサービスでビジネスに衝動を。ビジネスに感動を。いかがですか?」といったコミュニケーションを想定したのだろう。しかしながら前述の通り、尺と情報量とクリエイティブがきちんとマッチしていないので、通行人とサイネージメディアとの間のコミュニケーションのキャッチボールが成立していないように思う。そしてわずか1日で取り下げてしまい、そのプレスリリースも「取り下げました」と言ってるだけできちんとした趣旨説明はなく、余計にサラリーマン層に喧嘩を売っただけの印象になってしまったのではないだろうか。

この会社さんは2018年に「さよなら、おっさん」でも物議を醸したことは記憶に新しく、社風なのか社長さんのフィロソフィーなのかはわからないが、3年前と良くも悪くも1ミリもブレていないことが見て取れる。結局のところ、この会社のコミュニケーションが今回も「古い価値感(おっさん的価値観)を打破する」という立場なので、「古い価値観」というものの存在を認め、それを仮想敵として設定する必要があるわけだ。これだけでも大変なことであり、そもそもわざわざなぜ好き好んで仮想敵を作らなければいけないのかが不明だったりする。

確かにこのコンテキストに共感する人もたくさんいることは間違いない。しかし少なからざる数の敵をわざわざ可視化してしまう必要はないはずだ。これはデジタルサイネージだからとか、SNSだからという問題ではないこと。真面目に、決して楽しみなんかじゃないけど、普通に仕事そしている人をバカにしたような物言いではなく、いまはみんないっしょに、助け合うという流れだろう。そこを完璧に見誤っていると思うのだ。そもそも仕事が楽しいというのは極めてレアで、仕事よりもっと楽しいことを知らないだけかもしれないわけだ。朝の品川駅でこんなことでいきなり一方的に絡まれても、いい迷惑で大きなお世話ということになるのは致し方ない。

さて、デジタルサイネージの関わる者としては、「本件はデジタルサイネージの強烈な媒体力がこうした結果を招いたわけであり、むしろ好例である」なんてことを一瞬たりとも思ってはならない。ということはだけは間違いないと思うのである。

(デジタルサイネージ総研 江口 靖二)